一般的に「世帯年収1,000万円」と聞くと、多くの人は非常に豊かな生活をしているものと考えることでしょう。
しかし、年収が1,000万円だったとしても、その中から健康保険・雇用保険・厚生年金保険といった社会保険料が差し引かれたり、家庭によっては住宅ローンの支払いに追われたりして、サラリーマンが実際に手取り額として自由に使える金額はごくわずかだったりします。
そのような事情から、子供に手がかからなくなったことを理由に、少しでも家計の負担を減らそうと妻がパートを始める家庭も珍しくありません。
外資系企業への転職を決めるなどしてキャリアが認められ、年収1,000万円以上の収入に到達したにもかかわらず生活は苦しいため、リッチになったという実感を持てない人・貧乏になることへの不安を感じている人は意外と多いものなのです。
高所得者がこのような問題に遭遇するのは、一言で言えば「身の丈に合った生活」がどういうものなのか、よく分からないまま出費が増えていることに一因があります。
高所得者だからこそ受けられるサービス・検討できる投資も数多く存在しますが、それらが本当に自分たち家族にとって必要なものなのか、冷静になって考える習慣を身に着けることが大切です。
そんな気持ちにさいなまれている人は、ぜひこの記事に目を通して欲しいと思います。
日本の給与所得者・サラリーマンの多くは、自分が本来受け取るべき給与の中から、あらかじめ一定額が控除される仕組みになっています。具体的には、社会保険料の他に所得税・住民税などが差し引かれ、残った金額が「手取り額」として懐に入ります。
社会保険料は一律の料率にもとづいて計算されており、一例として「厚生年金保険の令和2年9月分(10月納付分)からの厚生年金保険料額表 」を確認すると、年収1,000万円(標準報酬月額88万円・ボーナスなし)の給与所得者が支払うべき金額は「59,475円(標準報酬の9.15%)」と計算できます。
参考:令和2年9月分(10月納付分)からの厚生年金保険料額表
これに対して所得税は、一律ですべての人が同額を支払うわけではありません。収入に応じて支払う金額が変わり、高所得者は支払う金額が大きくなりますが、低所得者は少なかったり、支払う必要がなかったりします。
このような仕組みは「累進課税制度」と呼ばれ、課税対象の額が大きくなるほど税率が高くなる仕組みとして知られています。
各家庭の条件に応じて具体的な支払額は異なりますが、例えば年収1,000万円の世帯と年収600万円の世帯とを比較した場合、それぞれ所得税率は概ね20%・10%となり、倍の差があります。
ただ、妻と共働きで世帯年収が1,000万円になっている場合や、中学校卒業までの児童を養育している場合などは、条件に応じて手取り額が増えます。
基本的に、日本という国は低所得者に優しく高所得者に厳しい税制度を設けているため、年収1,000万円の世帯が損をしているように感じるのは、致し方ない部分があります。
とはいえ、実際の手取り額は700万円を超えますから、金額を見る限りは決して生活に困らない収入に思えます。
年収1,000万円・手取り700万円台という金額は、日本人の平均年収が418万円 であることを考えると、多少の贅沢を楽しみながらもつつがなく暮らしていく分には、まったく問題ない金額と思われます。
しかし、金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査[2人以上世帯調査](2019年)」を見る限り、年収1,000万円以上でも貯蓄ゼロという家庭は決して珍しくありません。
具体的には、年収1,000万円~1,200万円の2人以上世帯で10.3%・年収1200万円以上で5.1%の家庭が貯蓄ゼロという、衝撃の調査結果が出ているのです。
さすがに、何の頼りもないまま貯蓄ゼロという選択をしているとは考えにくく、それぞれの実家の資産・貯蓄を頼りにしているなどの背景はあるものと思いますが、年収に対して貯蓄が圧倒的に少ないことは、ある意味収入が少なく貯蓄できないケースよりも深刻な問題です。
多くの場合、それは高級取りになったことで生まれた「ブランド志向」に一因があります。
1958年、英国の歴史・政治学者シリル・ノースコート・パーキンソンは、有名な「パーキンソンの法則」を提唱します。その中の一つに「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」というものがあります。
例えば、毎月の収入が20万円だったとしたら、毎月の支出も20万円まで膨張するという意味です。
高年収世帯の多くは、収入に見合ったランクのサービス・商品にこだわり、価値のあるものに支出を惜しまない傾向にあります。
都心部のマンションを購入したり、高級車を購入したり、子供を有名私立校に入れるため教育に熱心になったりと、自分の収入に応じた価値の提供を受けようと考えるのです。高級スーパーや百貨店で日用品・食材・衣類等を購入する世帯では、当然ながら食費や医療費もかさんでいきます。
もちろん、それ自体が悪いというわけではなく、特に子供の将来を考えて教育への投資を行うことは、非常に有意義なお金の使い方と言えます。一方で、公立中学・高校に通いつつも有名大学に進学できる子供は一定数存在していることから、必ずしも有名私立が最善の選択肢というわけではありません。
家族が必要とする商品・サービスを、すべて高ランクのもので揃えようとすると、よほどの資産がなければどこかで無理が生じてしまうのです。
ハイクラスの生活を続けようとした結果、心が追い立てられて貧乏になっていくのは、何とも皮肉な結果と言えるでしょう。
資産形成・貯蓄について気にしないまま年収を増やしてしまうと、先述したパーキンソンの法則に基づいて、稼ぐお金が増えるにつれて使うお金も増えてしまうおそれがあります。
その結果、稼いでいるのになぜか生活が苦しい状態が続いてしまうのです。
実は、日本で年収を増やすことだけに注力していると、生活を苦しめる3つの罠に足をすくわれるおそれがあります。
以下に、それらの罠についてご紹介します。
「年収が増えることによって生活が楽になる」という思考を捨てられない人は、生活の厳しさを年収の少なさでとらえがちです。
しかし、転職や出世によって、あるいは共働きによって年収1000万円を実現したとしても、そこからさらに年収を増やすのは大変なことです。
そもそも、国税庁の民間給与実態調査(2019年分) において、年収1000万円を超える人は全体の4.8%となっており、そこに到達するだけでもハードルは高い状況です。
そこからさらに年収を増やすとなると、場合によっては現職での努力だけでは難しく、投資などによる成功も視野に入れなければなりません。
2000万円以上の高年収を転職によって実現している人も、決してスタートの段階から高年収が約束されているわけではありません。
すでに事業が軌道に乗っている企業への転職は、どうしても給与体系が確立してしまっているため、将来有望な業界やベンチャー企業などを狙って未来の年収増を狙う必要があるからです。
チャレンジの対価に「年収増」をかかげて転職すると、年収アップが実現できなかったとき、別の会社への転職によって希望を実現しようとするかもしれません。
しかし、いたずらに転職を続けても履歴書に傷がつくだけですから、結果的に新しい挑戦の機会が限られてしまい、年収増のチャンスを失ってしまうおそれがあるのです。
つまり、年収増によって生活にゆとりを得たい場合、サラリーマンの年収だけで実現しようと試みるのは、現実的ではないと言えるでしょう。
年収1000万円を超えると、国から得られていた各種補助金の恩恵が受けられなくなります。
具体的には、配偶者控除・配偶者特別控除・高額療養費・住宅ローン減税・児童手当などが該当します。
他には、私立高校授業料の実質無償化の対象外になることも考えられます。
以下に、各種控除・手当が受けられなくなるケースについて、少し詳しく見ていきましょう。
配偶者控除が受けられる上限は、年間所得1000万円までです。
ただし、給与所得のみの場合は給与所得控除 を計算に入れる必要があるため、1195万円が上限となります。
年間所得が1000万円を超えてしまうと、配偶者の収入額にかかわらず控除が受けられません。
配偶者特別控除が受けられる上限は、納税者の合計所得金額が1000万円以下であることが条件ですが、それに加えて配偶者の収入額にも制限があります。
配偶者の合計所得金額が48~133万円以下の場合に限り、収入額に応じて13~1万円まで控除が受けられます。
高額療養費制度とは、1ヶ月の間にかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、一定額を超えた分につき後で払い戻される制度のことです。
この「一定額を超えた分」を自己負担限度額といい、世帯ごとの上限額は年齢・年収によって変わってきます。
なお、69歳以下・年収1000万円以上の人の上限額は、以下のように計算されます。
標準報酬月額は、健康保険と厚生年金保険の保険料を計算するための区分のことです。
賦課基準額は、国民健康保険加入者の要件で、前年の総所得金額から基礎控除33万円のみを差し引いた金額です。
計算式の総医療費とは、保険適用となる診療費用の総額・いわゆる10割負担分の数値です。
なお、過去12ケ月以内に3回以上上限額に達した場合、4回目からは「多数回該当」という枠に含まれ、負担額がさらに軽減されます。
いずれの場合も、年収が多い分だけ限度額も大きくなるため、病気した際に貯蓄が十分でないと、一気にピンチになってしまう可能性があるのです。
住宅ローン減税を受けられる床面積は、2020年度は50㎡以上が条件となっていましたが、2021年度からは40㎡以上も対象となります。
しかし、前年の所得金額が1000万円以下であることが条件となっているため、家を建てる場合は注意が必要です。
2022年10月から、高所得者の児童手当がなくなります。
税制改正前まで、年収960万円以上の世帯にも一律5,000円が給付されていましたが、改正後は年収1,200万円以上の世帯への給付が廃止されます。
年収1,000万円の時点でまだ5,000円の給付はもらえる計算になりますが、子供が育ち盛りで今後年収アップを目指している場合は、児童手当がなくなった状況を想定しておきたいところです。
私立高校授業料の実質無償化に関しては、2020年4月から、年収約590万円未満世帯の支給上限額が上がりました。
しかし、年収約910万円を超えた子一人・両親共働きでない世帯には支給されないなど、年収が多いために支給されないケースが見られます。
両親のうち、どちらか一方だけが働いている場合、具体的な年収・子の数などに関するルールは以下の通りとなっています。
年収1000万円という「数字」をゴールにして仕事をしていると、その後の目標について意識しないまま日々を過ごし、結果的にお金が残らなくなるおそれがあります。
希望する年収を稼げて、世間体のよい企業で働けてラッキーという気持ちこそあるものの、そこから思ったように貯蓄ができていない状況の人は気を付けなければなりません。
車の趣味・マイホームの必要性・海外旅行の頻度・子供の教育に関することなど、人生設計を周囲の意見に左右されてしまうと、家計が一貫性のない収支になります。
そして、働いている企業の風土・社員の考え方によっては、まったくお金を貯めないことに危機感を抱かずに過ごすリスクがあるのです。
生命保険オンライン相談窓口「みかづき保険NAVI」を運営している、株式会社あおばコンサルティング代表取締役の加藤氏によると、ライフプランニングは所属している会社の社風に大きく影響を受けることが分かっているそうです。
すなわち「貯めない人の同僚は貯めない」こと、会社単位で「高収入・高支出は伝播する」ことが傾向として見えているため、周囲の環境に思い当たるところがある人は注意が必要です。
特に、自分の努力によって年収1000万円を実現した人は、頑張った分だけお金を使いたいという気持ちが生まれやすいのかもしれません。
もちろん、いつまでも同じ年収が続くとは限らないわけですから、周囲の考えよりも自分の経済観念に疑問を抱かなければ、いつか破産してしまうでしょう。
先述したパーキンソンの法則において、収入と支出が一致しないようにするもっともシンプルな方法は、あえて「収入を減らす」というものです。
これは、収入が入った段階で、あらかじめ残しておきたい金額を貯金してしまい、残りの収入だけで生活するという方法です。
多数の著書がある節約アドバイザーの丸山晴美さんも、生活費が余ったら貯金をするのではなく、給料が入ったら天引きなどですぐに積立をして、残ったお金でやりくりすることを推奨しています。
参考:丸山晴美の節約道場! “年100万円”貯めるためのマネーテクニック
崩壊の危機に瀕した家計を救うには、目先の利益にこだわらず、長期的に収支管理を行う必要があります。
具体的には、以下の手順でキャッシュフローを作成すると、未来を見据えた収支管理ができるでしょう。
日本人の寿命は延びる傾向にあり、年金2,000万円問題に代表されるような将来の不安もあります。
そのため、家族の未来を見据えた計画を立てておかなければ、いざ90歳・100歳という年齢を迎えた時に、働こうと思っても働けず、お金を工面できなくなってしまうリスクがあります。
そこで、生き残るリスクに備え、夫婦の年齢とその時点で起こりうるイベントを書き出し、具体的に発生するであろう金額をまとめていきます。
自分たちの将来像が描けてきたら、中長期的な家計の収支を確認していきます。
キャッシュフローは、この段階で詳しいものを作成します。
年間収入と支出の内訳・ライフイベントに伴う支出などを把握した上で、支出額で特に多いものは別の商品を検討するなど、最終的に貯蓄が増えるようなプランをFPなど専門家と一緒に練っていきます。
節約志向を取り入れ、純粋に収支バランスだけを効率化しようと試みても、どこかで無理が生じます。かといって、自分たちの希望だけを押し通そうとしても、またプラスマイナスゼロの生活に逆戻りしてしまいます。
やりたいこと・貯蓄目標額とのバランスが取れる範囲であれば、自分たちの価値観に応じて優先順位をつけ、好きなことは思いっきり楽しみつつそれ以外を節約する「おいしい生活 」を計画することで、人生の充実度を下げることなく日々の暮らしを楽しめるはずです。
固定費削減の記事をまとめました。合わせてお読みください。
・プロバイダ料金
・電気代
・ガス代
・医療保険
年収が増えることは、人生にやりがいを持たせ、日々の暮らしを華やかなものにしてくれます。
しかし、手に入れた収入をすべて使い切ってしまうのは、さながらイソップ童話「アリとキリギリス」のキリギリスであり、やがて寒い冬がやってきた時に蓄えがなくてつらい思いをしてしまうことでしょう。
「豊かな暮らしとは何か」という問いに対する答えは、目の前にある価値を絶えず追い求めることだけでなく、ささやかな幸せをできるだけ長く享受し続けようとする営みの中にも含まれています。
長期的な収支管理を実践することは、家族にとってどんな未来が幸せなものなのか、本当に今の生活を続けることがベストなのかを考えるきっかけになるはずです。
お金というものは、持つ人の思考によって、「愛ある友人」にも「身を引き裂く鬼」にもなります。貨幣の意味をシンプルにとらえ、その先にある幻想だけを追わないよう注意が必要です